2024年の夏の甲子園大会も8月23日、京都国際高校が初優勝を飾り、幕を閉じました。
100年の歴史をもつ球場と大会を他に知りません。
甲子園の歴史といってもあまり深く理解はできていませんよね。
この記事では甲子園に関する秘話をメインに紹介します。
- 甲子園という名前の由来
- 甲子園の土について
- 甲子園の芝について
- 甲子園のシンボルである外壁のツタ
知れば、周りの野球ともだちに共有したくなる内容になっています!
甲子園球場の歴史に関する秘話
ここからは甲子園についてのあれこれをご紹介します。
100年の歴史を持っている甲子園は実は知ってそうで知らないことも数えきれいほどあります。
これからご紹介する内容を知っているだけで友達に自慢できるネタになること間違いないでしょう。
- 名前の由来
- 甲子園の土について
- 球場の芝について
- 甲子園の外壁のツタについて
- 応援観客席
- スコアボード
- 球場の照明
どれか一つでも知っておくと友達にシェアすると「その情報、初耳だ!」と言われます。
甲子園という名前の由来
まず、甲子園球場という名前がどういった経緯で命名されたのかについて話します。
阪神甲子園球場が完成した年は1924年です。
1924年は暦の干支を構成する「十干」と「十二支」それぞれの最初である「甲」と「子」が合わさる縁起のよい年だったため、この付近一帯を「甲子園」、野球場を「甲子園大運動場」と当時名付けました。
甲子園の土について
甲子園大会の名物と言っても過言ではない、球児たちが最後甲子園の土を持って帰るシーンがあります。
では、甲子園の土って他の球場の土とどう違うのか?気になりますよね。
結論、神戸の熊内の黒土に淡路島の赤土を混ぜてグランドに敷き詰められた土です。
球場建設時、甲子園球場付近の土が白かったためボールが見えにくい状態でした。
そこで各地の土を取り寄せ、試行錯誤の結果、神戸の熊内の黒土に淡路島の赤土を混ぜてグランドに敷き詰められました。
当時の球場担当者である阪神電鉄の石川さんはこの期間、毎日ユニホームに着替えて、自身で滑り込みを行い、硬さや調合率を調整した。
高校野球ファンなら誰もが持って帰りたい甲子園の土は石川さんら、先人たちの熱意と苦労があって作られました。
持って帰る風習は後輩たちが甲子園に行くため
負けたチームが甲子園の土を持って帰る風習はどこから来たのか、気になりますよね。
諸説ありますが、巨人を日本シリーズ9連覇に導いた名将・川上哲治さんが持って帰ったのが始まりだとされています。
熊本工業でプレーしていた川上哲治さんは準決勝で敗れました。
敗れて、球場を去る前に土を一握り、ユニホームのポケットに入れ、母校に戻り「母校がまた甲子園に行って勝てるように」とグランドに蒔いたとされています。
それから、負けたチームの選手らが甲子園の土を地元に持ち帰り、今ではお世話になった先生や友達、地元の少年野球チームに小分け瓶で配られています。
甲子園球場の芝
開設当時は土だけのグランドでした。
5年後には芝のある甲子園球場が作られました。
1982年から芝の二毛作に成功し、緑のじゅうたんを1年中保てるようになりました。
見た目もとても美しいですが、選手にとっても、地球環境にもやさしい天然芝が甲子園球場にはほどこされています。
一般的に二毛作とは1年に2回違う作物を作ることを言います。
芝の二毛作とは夏の暑い時期と冬の寒い時期でそれぞれ耐えられる芝生の種を蒔き、気候に適した芝生を作ることで1年中緑を維持しています。
簡単に言いましたが、時期や種の蒔く量、管理などかなり高度な技術を養子、経験を要する工法です!さすがグランド作製のプロ・阪神園芸!って感じですね!
甲子園のシンボル「外壁のツタ」
甲子園球場のシンボルと言えば、やはり球場の外壁を覆うツタではないでしょうか。
植えられた目的は球場が完成した1924年の冬から殺風景な壁面を飾るためでした。
2006年にリニューアル工事で一度伐採されました。
2009年にツタの里帰りとして戻ってきました。
現在もどんどんツルを伸ばしていて壁面緑化として、ヒートアイランド現象の緩和にも貢献しています。
甲子園の応援観客席
みなさん、甲子園の実況でよく各高校のベンチの応援席を「アルプススタンド」と言いますよね。
アルプススタンドの由来、ご存知ですか?
結論、当時スタンドで応援していた観客が揃って白いシャツを着ていました。
甲子園球場の観覧席は50段になっており、傾斜が他の球場よりもあります。
傾斜一面に真っ白が映っていたことからそれを見た人が「アルプス山脈のようだ」と言ったことから甲子園球場の応援席をアルプススタンドと呼ぶようになりました。
建設当初は、計5万人分の座席を備えた内野席は50段の鉄筋コンクリート造りのメインスタンド、外野席は20段の木造スタンドでした。
その後、外野スタンドの一部を鉄筋コンクリート造り50段の観覧スタンドにしました。
外野スタンドに50段の観覧スタンドができた頃にアルプススタンドと呼ばれるようになりました。
甲子園歴史館
甲子園球場に来たら、もう一つ訪れるべき場所があります。
それは甲子園歴史館です。
場所 | 兵庫県西宮市甲子園町8-15 |
営業時間 | 月曜日:定休日 火〜日:10時〜18時 |
料金 | 大人:900円 高校生700円 |
アクセス | 阪神電車「甲子園」駅徒歩約7分 |
甲子園大会以外は主に阪神タイガースの歴史館としても使用されています。
甲子園歴史館の楽しみ方
ここからは実際に甲子園歴史館に行ってどう楽しんだらいいのかを話していきます。
阪神タイガースと甲子園の歴史、両方を兼ね備えています。
球場外野レフトの2Fには高校野球のの歴史を展示品やパネル、映像で紹介しています。
名勝負で登場した学校の選手やプレーをギャラリーに展示しています。
1915年に行われた全国中等学校優勝大会から今日までの歴史を感じることができる貴重な展示品が多数集結しています。
さらにスコアボードの真下に入ってバックスクリーンビューも楽しむことができます。
甲子園の歴史を年表で理解しよう
1924年・阪神甲子園球場が開場 鳴尾浜に甲子園娯楽場が開設 |
1928年・甲子園娯楽場が開設 |
1932年・甲子園娯楽場から「浜甲子園阪神パーク」へ改称 |
1934年・アメリカ選抜チームが来日 ベーブルースが甲子園の地でプレーした |
1938年・全日本スキージャンプ甲子園大会が開催 |
1943年・浜甲子園阪神パークは閉鎖され、海軍の飛行場として使われるようになる |
1964年・甲子園球場から「阪神甲子園球場」へ改称 |
1950年・甲子園阪神パークが復活した 1963年・モノレールが園内で開業 1995年・阪神・淡路大震災で被災しその後入場者が減少 1997年・住宅展示場と無料の遊園地複合施設となる 2003年・閉鎖 2004年・跡地にららぽーと甲子園が開業 |
2008年・阪神甲子園球場が大リニューアル工事が開始 |
2018年・甲子園100回大会が開催 |
2024年・甲子園球場開場100周年を迎える |
甲子園球場と戦争の関連性
最後に100年の歴史をもつ甲子園球場と当時、戦争をしていた日本とどのような関連性があるのかみていきましょう。
戦時下の甲子園
戦争を行っていた中で野球をするということは当然、軍隊の考え方や訓練が野球にも浸透されていきます。
今では考えられない、戦時下の甲子園でプレーした球児らの常識は次のとおり
- 学校の表記にローマ字は使用不可
- 試合中の交代不可
- 選手ではなく、選士と呼ぶ
- ボールを使わず、手榴弾を投げる練習をする
- 球場は軍事施設として利用
どうでしょうか、戦争の悲惨が野球にも影響していたことが痛いほど伝わりますね。
戦時下では外国語、「ストライク」「アウト」「ホームラン」といったカタカナ語は使用することを禁止されていました。
試合はスタメンで出場した選手は最後までグランドでプレーすることが当たり前で、途中交代なんてもってのほかでした。
たとえ、試合中にフェンスにぶつかり一人じゃ歩けない程の負傷を負ったとしても例外は認められず、選士は最後まで戦い抜くことを命じられていました。
なぜなら、戦争で戦う兵士は戦場で途中交代なんてないからです。
戦争、軍隊の常識は野球の常識とされていました。
軍隊の兵士、戦士にちなんで選手のことを選士と呼ぶようになりました。
甲子園大会が中止になり、野球部が廃部になり練習ができなくなったとき、グランドでは戦争で使われる手榴弾を投げる練習やどれだけ遠くに投げることができるかを競わせました。
日常から野球は消え、代わりに戦争が日常の真ん中に入ってきました。
大会が中止となり、観客5万人を収容できる甲子園球場も軍事施設となりました。
外野席には戦闘機の燃料庫と大砲の演習場になり、内野グランドは芋畑に、外野は軍用トラック置き場に、室内練習場のプールは潜水艦の研究に使用されることになりました。
戦争が終わり、甲子園大会が復活したとき、当時の野球連盟の会長は「白球飛び交うところに平和あり」と開会式で話しました。
これはのちに今日まで受け継がれる話しとなっています。
まとめ
甲子園の歴史についてご紹介しました。
以外と知らなかった!という情報もあったのではないかと思います。
是非、友だちに共有してください。
その他、野球に関する歴史のコンテンツが多数あります。興味ある方はこちらもあわせてご覧ください。
- 黒人選手初のメジャーリーガー・ジャッキー・ロビンソンの人生
- 甲子園だけが高校野球ではない
- 野球の歴史アマチュア野球の誕生秘話
- プロ野球の誕生秘話
- 野球道具の歴史・スパイク
- 野球道具の歴史・グローブ
- 野球道具の歴史・バット
コメント